パリ国際芸術都市

「パリ国際芸術都市」(Cité Internationale des Arts)は、フランス政府が芸術家に活動・研修滞在施設を提供することを目的として設立した財団により、パリの中心部、セーヌ川沿いに建設された宿泊施設です。1965年から世界各国の芸術家に開放されています。 フェリス女学院では、音楽研修・活動を行う芸術家のためのアトリエ(2室)の使用権を所有しています。学院の教員等が芸術活動を通じて、日仏相互の文化交流に寄与すること、さらに本学の学生、同窓生等が西欧文化の凝縮してあるパリにおいて、専門技芸を一層向上させ、学院の目指す教育効果をより確実なものとすることにより、国際的な人材を育成することを目的としています。

パリ国際芸術都市

利用方法

利用希望者は、利用開始月の6か月前までに必要書類を総務課に提出してください。音楽学部教授会において審査を行います。
利用者募集要項 

利用者の声

山本紗英子さん(2009年度音楽学部演奏学科卒業、2011年度音楽研究科演奏専攻修了)
滞在期間:2012年9月~2014年8月
研修機関:パリ地方音楽院コンセルティスト課程

山本紗英子さん体験談

海外へ踏み出す第一歩

漠然と留学してみたいと思っていた私を、海外へ後押ししてくれたのはCité des Art でした。ヨーロッパには新たな出会いと学びがたくさん待っていて、その世界へ導いてくれたこのレジデンスに心から謝しています。

まず Cité des Arts (以下、シテ) というのは、パリ中心部にある芸術家のためのレジデンスで、300 室ほどある中の2部屋をフェリスが所有しています。部屋は家具付き、ピアノも置いてあり、家賃もパリの平均からするととても安く、こんなに条件の良いレジデンスはパリでは他にありません。私は、大学院修了後の進路を悩んでいたところ先生方にこの施設があると勧めていただき、また同期の友人が滞在していたこともあり、シテへの申し込みを決めました。シテに滞在できることが決まっても、フランスに3カ月以上滞在するにはビザが必要です。そのためパリ地方音楽院を受験して学生ビザを取得、シテに滞在しながら音楽院に通いました。シテには世界中からやってきたアーティストが滞在し、彼らと交流する機会が多くあります。建物地下にはコンサートホールと展示会場があり、入居者は一度コンサート・展示会をひらくことができます。国籍の違う、個性豊かな芸術家たちとの交流は、自分のカラーやスタイルについて改めて考えるきっかけとなりました。

また滞在中、パリからの交通の便をいかし、ウクライナやオーストリアでの講習会にも参加しました。高い志をもった才能あふれる音楽家たちとの出会いは、レベルの高い刺激を受ける反面、自分の浅はかさを痛いほど気付かせてくれるものでもありました。しかしそのような経験から、より深く真剣に音楽と向き合うようになったことは、留学しての何よりの財産です。

ヨーロッパに出て、様々な方との出会いや経験を通して、多くを学ぶことができたわけですが、当然ながらただパリに来たからといってレベルアップできるわけではありません。どこにいても、理想と探究心を持ち続け、よりよい環境を求め、自分で自分を育てていかなくてはなりません。今後シテ滞在を考えている方には、是非、自身が何を求めて留学するのかをしっかりと心に留めて来てほしいと思います。どの先生のもとで学びたいのかということも、とても重要な要素です。シテには安心して勉強できる環境が整っています。パリを拠点に定期的にほかの国へ通うことも可能ですし、よりグローバルに、音楽、そして自分自身を広げることができると思います。海外へ踏み出す第一歩として、多くの方にシテを利用してほしいと思います。

フェリス部屋のピアノ。8時から22 時まで練習できます。

シテでの交流会

シテの外観

尾藤万希子さん(2001年度音楽学部演奏学科卒業、2003年度音楽研究科演奏専攻修了、2004年度音楽研究科研究生修了)
滞在期間:2008年6月~2010年4月
研修機関:オー・ド・セーヌ県立ヴィル・ダヴレー音楽院

尾藤万希子さん体験談

様々な出会いにあふれる、アーティストの住処

私がパリに留学したのは2008年から2011年までの3年間。その最初の2年をパリ国際芸術都市(Cité Internationale des Arts。以下「シテ・デザール」)のアトリエで生活しました。私が滞在したのはパリ4区・マレ地区にある建物で(もうひとつ、18区・モンマルトルにも建物があります)、300室を超えるアトリエ、音楽ホールや展示ギャラリーなどを擁し、世界各地から集まった芸術に携わる人々がここで生活しながら、日々制作や練習に打ち込んでいます。私は、住まいでありながら文字通りひとつの“都市”のようなこの場所で、数々の素晴らしい出会いや生きた学びを経験しました。

Cité des Art 本館

「ヨーロッパに留学したい。」という思いを学生の時から持っていながら行動力に欠けるところがあった私は、なかなかそれを実行に移すことが出来ず、渡仏の時にはすでに30歳になっていました。留学先をパリに決めたのは、フェリス在学中からお世話になっていた先生の勧めあってのことです。先生は、様々な文化の中心であるパリ、そしてシテ・デザールで生活することの意義を語り「“ピアニスト”ではなく“アーティスト”になって帰って来なさい。」と、私を送り出して下さいました。

シテ・デザールの居住者の名簿を見ると、画家、彫刻家、写真家など、いろいろな肩書、国籍のアーティストの名前がずらっと並んでいます。学生、活躍中の若手、実績あるベテランなど年齢も様々です。敷地内は楽器の音はもちろん、のこぎりや金槌の音、油のにおい、アトリエを開け放して制作する人の姿など、感覚を刺激する物に溢れていました。私のアトリエにも到着した時から大きなピアノが置かれており、朝から晩まで音を出すことが許されていました。

私にとっては、やはり音楽家以外のアーティストとの交流が新鮮であり、学ぶところが多くありました。“無”から形ある物を作りだすエネルギー、個性的で自由な発想、自分の作品を展示する時の見せ方やこだわり。生きることそのものがアートであり、アートと関わることで生きている―そんな人達と共に過ごした時間を通して、音楽について、演奏することの意義について、日本人であることについて、自分という人間について、今まで考えが及ばなかった様々なことを深く考え、それに基づいて表現してみようという欲求が生まれるようになりました。これが、留学生活における私の行動力の源になっていたように思います。

そして、何といっても、音楽を通して出会った恩師や仲間の存在無くして留学生活は語れません。

留学時代の恩師は、いつも快活で知的なユーモアに富み、音楽を心から楽しむ精神に溢れた方でした。先生は、私にとってフランス音楽そのもののような存在です。シテ・デザールやパリでの生活から影響を受け、様々な方面に向く私の好奇心を“興味深いもの”としてとらえ、どのような課題を持っていっても「Avec plaisir!(喜んで!)」と受け止めて下さる先生のことがとても心強く、留学中の私の支えとなりました。

また、たくさんの音楽仲間―特に一緒にアンサンブルを楽しめる多くの友人に恵まれたのは、私にとって大変嬉しいことでした。日本と全く違う環境での合わせやレッスン、いろいろな場面や場所での本番など、楽しみつつも鍛えられた多くの経験を、今でも事ある毎に思い出します。そして、幸運にも作曲家の方々と交流を持てたことから、これまで馴染みのなかった現代音楽の世界にも目を向けられるようになりました。パリの街を歩いていると、歴史あるものを大切にしつつもどんどん新しいものが生まれ、それらが共存している様子が見て取れます。友人達のお陰で、私の中にもそのような新しい世界が開けていくのを感じました。

パリでの生活の基盤となったシテ・デザールでの日々。毎日が刺激的ではありましたが、特に思い出深い出来事というと館内でのコンサートです。ソロに加え、私の最も好きなジャンルである歌曲を組み込んだプログラム、そして作曲家の友人の作品の演奏など計5回、地下にあるホール“サル・ミシュレ”の舞台に立ちました。

いずれも留学生活での様々な体験、出会いから芽生えた「表現することに対しての欲求」に素直に向き合い、自分なりに実らせたコンサートになったと思います。客席の空気があたたかく感じられたのは、演奏だけでなく、その人が目指す世界や心意気などにも共感してくれる同じ立場のアーティストが多く集っていたからでしょうか。この経験から、私は舞台で演奏することの喜びを改めて知ることが出来ました。

コンサートでの一枚。忘れられない経験です。

シテ・デザールは、志ある人が集まる場所です。これから滞在する皆さんそれぞれにも、きっと素晴らしい出会いが待っていると思います。そして、パリという街は、様々な人の思いに充分に応えてくれる豊かさと懐の広さを持っています。自分にしかできないことを、たくさん経験してきて下さい!