この記事の執筆は ”文学部”です

国文学会大会2016

7月5日火曜日、文学部日本語日本文学科による「国文学会大会」がグリーンホールにて開催されました。

「あやし」を呼び起こすアメノウズメの行為と「咲」とは?

平維盛の青海波の舞は果たして光源氏の再来なのか?

総会の後は、研究発表会。この研究発表会は昨年度から始まったもので、大学院学生、学部学生、教員が一堂に会し、日頃の研究成果を共有し、刺激しあうという企画です。今年の発表は、池田茉莉乃さん(博士課程前期1年)の「二つの『あやし』―『古事記』天石屋戸神話におけるアメノウズメの所作と『咲』-」、松本純奈さん(博士課程前期1年)の「『平家物語』の中の平維盛―青海波を舞う武士―」でした。学部生からの活発な質疑があり、教員たちも次々と立ち上がって、神話のことば、武士が舞うことの意味について、熱心な討議が行われました。

そして、今年度の講演会は、穂村弘先生(歌人)の「言葉の不思議」。社会の秩序におさまる言葉は、安全で、リスクがないかわりに人を惹きつけることもできず、決して最高のものとは言えない。逆に社会からはみだすような、不思議な言葉は、有益かといえば無益、効率的かといえば非効率だけれども、最高の力を持ちうる。子どもや高齢者のことばにはしばしばそうした力があると例示されます。

穂村弘先生のご講演

「ねえ、ママ、舌も生え替わるの?」
「キニキリームキロッキ」
(ツイッターより;「カニクリームコロッケ」には、「キ」以外のカ行が全部使われている。「キ」がかわいそうだから、全部「キ」にしてあげた)

言葉には「世界」と「社会」があって、詩歌の言葉は「社会」では受け入れられなくても、「世界」の中では最高の価値を持ち得る。例えば、

「雨だから迎えに来てって言ったのに傘も差さず裸足で来やがって」

(盛田志保子)

は、「社会」の中では困った状況だけれど、「世界」の中では最高の、すばらしい思い出となり得る。確かに、一度でいいから、こういうお迎えを受けてみたいものですね。

ことばの伝統と革新の問題は、日本語日本文学科で学ぶ学生たちにとって、とても重要なテーマです。大いに刺激を受けた学生たちの今後の成長を楽しみにしたいと思います。

文学部日本語日本文学科教授 谷知子