Ferrisで学ぶ

近代オリンピックの創始者クーベルタンと2020年東京大会

国際交流学部 国際交流学科
和田 浩一教授

昨年(2013年)の9月7日、アルゼンチンのブエノスアイレスで開かれた国際オリンピック委員会の総会で、2020年東京オリンピック・パラリンピック大会の開催が決まりました。このときから1年以上たち、1964年の東京大会を中心としたオリンピックを巡るさまざまな話題が、新聞やテレビで報じられるようになってきました。

近代オリンピックの第1回大会は、1896年にアテネで開かれました。参加したのは14カ国・241名です。それから100年以上たった2012年のロンドン大会では、204の国と地域から約15,000人の選手がオリンピック・パラリンピックに出場しており、第1回大会からは想像ができないほど巨大なイベントとなりました。国連に加盟している国の数は193(2014年1月現在)ですから、近代オリンピックはある意味、国連以上の影響力をもつイベントになったと言えます。

私は近代オリンピックを創ったピエール・ド・クーベルタンの研究をしています。クーベルタンは江戸末期にあたる1863年にパリで生まれ、第二次世界大戦前の1937年にジュネーブで亡くなったフランス人です。生涯を通し来日したことはありませんでしたが、柔道の創始者であり東京高等師範学校(現在の筑波大学)校長だった嘉納治五郎を通して、日本のオリンピックへの参加に道を開きました。

academic_c_03_a

ところで、クーベルタンは1929年に次のように述べました。「もし輪廻というものが存在し、100年後にこの世に戻ってきたならば、現世で苦労して築いたものを私は破壊することになるでしょう」。つまり、自分が生き返ったら、「現世で苦労して築いた」近代オリンピックを「破壊する」と発言したのです。単なるメダル争いの場になってしまったオリンピックに、クーベルタンは明確に「ノン(ノー)」を突きつけたのでした。

実はクーベルタンが生涯をかけてやりたかったことは、身体と意志と知性のバランスの取れた人材を世界中で育成することでした。このような人々が世界中で増えれば地球上の争いが減り、社会の平和が訪れると思ったからです。 身体の力を高めるためのスポーツと知性を磨くための学問とに励んだ若者たちが、世界中から一カ所に集まって正々堂々と力を競い合い、一方で学問で学んだことを確かめ共有し合う。このような《国際交流》こそが、世界の平和を求める若者の強い意志を育むのだと、クーベルタンは考えたのです。

academic_c_03_b

第1回のアテネ大会直後に、クーベルタンは次のように述べています。「世界の紛争の種は他国への無知や誤解、偏見から生まれる。したがって、世界の人々との相互理解を深めることが重要である。近代オリンピックは、国際的な相互理解を進める有力な制度となるだろう」。

想像してみて下さい。当時、世界の人々を容易に結びつけるインターネットはもちろんのこと、飛行機もテレビもありませんでした。国際平和の維持を目的とした国連のような国際組織や、ワールドカップのようなスポーツの国際大会もありませんでした。クーベルタンはこのような時代の中で、オリンピックという4年に1度の機会を設け、これを様々な都市で開催すれば、世界の人々が自分たちの知らなかった人々と直接ふれ合うことができ、その結果として人間的にバランスの取れた人材が育つと考えたのでした。

2020年の東京大会をどのようにすれば、創始者が祝福するオリンピックになるのか。私は今、クーベルタンの思想と活動とを丹念に跡づけ(研究)、これらの現代的な意味を2020年オリンピック・パラリンピックにかかわる人々に(社会貢献)、そしてフェリスの学生たちに伝えていきたい(教育)と思っています。

(2014.10.24)