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イギリス芸術文化史――建築や絵画をヒントにイギリス文化を「推理」する

文学部 英語英米文学科
近藤 存志教授

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18世紀――イギリス芸術が輝いた時代

18世紀イギリスの貴族たちの間では、イタリアへの旅行(これを「グランド・ツアー」と呼びます)が流行しました。そして旅行を終えた貴族たちは、イタリアで目にした芸術のイメージを自分たちの邸宅のデザインに取り入れました。そうした建築物は今も数多くイギリスの各地に残っています。また18世紀のイギリスでは、イタリア旅行を経験しイタリアの芸術に精通した画家や建築家が数多く誕生しました。

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オストリー・パーク

ケンウッド・ハウス

ケンウッド・ハウス

 

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芸術は時代を映し出す

現在でもイギリスの美術館や貴族の邸宅では、18世紀に収集されたり、制作された絵画やデザインをたくさん鑑賞することができます。そして私たちはそうした芸術遺産を観察することで、18世紀という時代のイギリスの文化や社会の様子を知ることができます。英文学の名作(小説、戯曲など)を深く読んで、作家の考え方や時代背景を読み解くのと同じように、絵画や彫刻、デザイン、建築、庭園なども、読み解くことで、それらが生み出された時代と文化について深く知ることができます。芸術とは、言わば時代を映し出す鏡のようなものなのです。

ナショナル・ギャラリー(ロンドン)

ナショナル・ギャラリー(ロンドン)

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建築、絵画、彫刻から時代を読み解く探偵

たとえば絵画に注目してみましょう。絵画の中の風景や動物、人間の描かれ方に注目することで、私たちはその絵画が描かれた時代や社会に関するいろいろな情報、知識を入手できることがしばしばあります。つまり一枚の絵画の中にさまざまなヒントが隠されているわけです。それらを解読することで、絵画の中に秘められたストーリーやメッセージにたどり着くことができます。芸術作品を読み解くプロセスは、さながら現場に残された遺留品からミステリーを推理し解き明かす探偵のような作業です。つまりイギリスの絵画や建築、デザイン(インテリア、家具、食器、ファッション、ポスターetc.)を観察することで、イギリスという国の文化や社会を理解することができるのです。

こうしたことは18世紀に限ったことではありません。現代アートやファッション・デザインにも、イギリスの「今」を読み解くヒントが隠されているのです。北イングランドの工業都市ニューカッスル・アポン・タイン近郊の丘の上に建つ〈北の天使〉(The Angel of the North)という巨大彫刻を見てみましょう。飛行機の翼のような羽を持つ天使像の下には、かつて炭鉱がありました。工業的な芸術表現が印象的なこの公共彫刻は、この地域で1970年代まで営まれていた炭鉱業を中心とした人々の生活と、20世紀後半にこの地域が直面することになった時代の移り変わりを映し出しています。

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アントニー・ゴームリー〈北の天使〉(1994-98年)

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イギリス芸術文化史との出会い

芸術は時代を映し出す。芸術は時代を映し出す鏡のようなものである。――私が芸術の、とりわけイギリスの芸術文化のこうした側面に関心を持つようになったきっかけは、学生時代にニコラウス・ペヴスナー(Sir Nikolaus Pevsner, 1902-83)という芸術文化史家の書物との出会いに遡ります。

ペヴスナーは、20世紀最大の西洋建築史および美術史の研究者と言ってよい人物です。彼は、1902年にライプチヒに生まれ、ライプチヒ、ミュンヘン、ベルリン、フランクフルトの各大学で美術史を学びました。その後、ドレスデン美術館での勤務を経て、1929年にゲッティンゲン大学で美術史・建築史の講師となりました。しかし、ユダヤ系であった彼はナチスが台頭すると、イギリスに渡ります。以後、1983年に亡くなるまで彼はイギリスを拠点に、建築、庭園、絵画、デザインなどイギリス芸術文化全般を精力的に研究し、著しい業績を残しました。その膨大な数におよぶ著作は、いずれも今日それぞれの分野の必読書とされています。『モダン・デザインの展開』(1957年)、『美術・建築・デザインの研究』(1980年)、『英国美術の英国性』(1981年)など、日本でもその多くが翻訳され、広く読まれています。

さて、イギリス芸術文化史研究に多大な功績を残したペヴスナーですが、彼の研究のなかで私がとりわけ強い共感を覚えたのは、彼が人々の芸術活動にその時代の生きた精神(時代精神、Zeitgeist)がどのように映し出されているのか読み解くことに研究者としての使命を見出していたという点でした。私には、ある時代に創造された多彩な芸術作品に、「時代精神」の働いた軌跡を読み解き、推理する試みはとても魅力的な研究的視点を表していると思えたのです。

私たちは、「時代精神」が人間の芸術創造行為に果たす働きに注目することで、絵画、建築、デザインといった多彩な芸術表現を一体的にとらえ、「芸術文化」を統合的に研究することができます。「時代精神」は具体的な表現方法の差異を超えて人間の創造行為全般に、ある時は意識的に、またある時には無意識的に作用するものです。そして巨匠と呼ばれる芸術家たちが生み出した独創性溢れる作品には、必ず彼らの生きた時代の精神が何らかの形で刻み込まれています。このことは、19世紀イギリスの高名な芸術批評家ジョン・ラスキンの次の言葉によっても裏付けられていると言えるでしょう。

素晴らしいことに、今日あなた方が巨匠と呼ぶ全ての人々のうちでひとりとして自分の生きた時代を率直に、
そして偽りなく描くことをしなかった者はいないのである。

~TEA BREAK~
オーロラの空でブレイクを語る

9月中旬のある日、学会発表の帰路、ほとんどの乗客が寝静まった機内での話。ジャンボジェット機の2階席後方の小さなスペースで足を伸ばし、ストレッチの真似事をしていると、日本人フライト・アテンダントが「オーロラが見えていますよ」と教えてくれた。コックピットに入ったところエメラルド・グリーンに光るオーロラが見えたので、眠れずにいた私に知らせてくれたのだ。小さな窓から外を覗くと、幻想的な光のカーテンが北の空に揺らいでいた。「オーロラは夏の終わりを告げる印」という。

オーロラの話を切掛けに、「ご旅行ですか?お仕事ですか?」という機内で日常的に交わされる会話になり、「学会発表の帰りで、普段は大学で英文学科(英語英米文学科)の教壇に立っている」という話になった。すると今はオランダの航空会社に勤務する彼女も、日本の大学では「英文学」を専攻していたことが判明。卒業論文で扱ったテーマは、イギリス・ロマン派の偉大な詩人にして画家(版画家)、ウィリアム・ブレイクだったという。ブレイクと言えば、大江健三郎さんをはじめ、日本でもファンの多い芸術家だ。ブレイクの「絵の方ですか、詩の方ですか」と、私が質問すると、彼女はちょっと回答に躊躇した様子。その表情を見て、自分が愚問をしたことに「ハッ」とした。ブレイクは「絵画と詩を一体としてとらえた、文字と色の芸術家」だったではないか。「ブレイクの芸術では、詩と絵画が合体し、両者の間に境界はない」と私自身、講義で教えているのに、何でこんな質問を口走ってしまったのだろうか。その後しばらく北極上空でブレイクについての会話を楽しんだのだが、長いフライト経験の中でも、機内でブレイクについて乗客と話をするのは、彼女もはじめてのことだったらしい。

オーロラの不思議な光の世界は、どこかブレイクの夢想的絵画作品に似ていた。そのためだろうか、夏の終わりを告げるオーロラの空で、ブレイクが話題になったことが、余計に印象深い旅の思い出となった。日本でブレイクの詩と絵画を学んだかつての英文学生は、今日もオーロラの空でブレイクの幻想世界に触れているのかもしれない。

ブレイクの傑作《ヤコブの夢》1779年頃 画像wikipaintings.orgより

ブレイクの傑作《ヤコブの夢》1779年頃
画像wikipaintings.orgより

【ブレイクをもっと知るために】
・ウィリアム・ブレイク『ブレイク詩集』(寿岳文章訳、岩波書店、2013年)
・ウィリアム・ブレイク『ブレイク詩集―無心の歌、経験の歌、天国と地獄との結婚』(土居光知訳、平凡社、1995年)
・アンソニー・ブラント『ウィリアム・ブレイクの芸術』(岡崎 康一訳、晶文社、1982年)