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ハンナ・アーレントがなぜ注目されているのか?

国際交流学部 国際交流学科
矢野 久美子教授

20世紀前半ナチス支配下のヨーロッパで、ユダヤ人をはじめとする大量の人々が、強制収容所や絶滅収容所で殺戮されました。この前代未聞の「人類に対する犯罪」と取り組みつづけた政治哲学者の一人に、ハンナ・アーレントという女性がいます。

彼女は1906年にドイツのユダヤ人家庭に生まれ、パリでの亡命生活を経てアメリカ合衆国に逃れ、1975年にニューヨークで生涯を閉じました。戦後ドイツには戻らず、アメリカの大学で教え、近代・現代の諸問題について重要な著作を残しました。

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昨年彼女についての映画が日本でも上映され、大勢の観客を動員し、話題になりました。女性映画監督のマルガレーテ・フォン・トロッタが焦点を当てたのは、1960年代、自らの著作が引き起こした論争のなかで苦悩するアーレントの姿でした。

彼女はナチスの戦犯アドルフ・アイヒマンの裁判を傍聴し、巨悪を担ったその人物が怪物のような悪魔的存在ではなく、思考の欠如した官僚であると指摘しました。先例のない犯罪が普通の人間によって行われたことの深刻さを強調したのですが、ナチスの犯罪を軽視し被害者の心情を無視するものとして、凄まじい批判をあびました。映画では、非難されても考えることをやめない彼女の姿が描き出され、共感をよびました。

日本社会でのアーレントへの関心はその後もつづき、映画は異例のロングランで、3月に上梓した拙著『ハンナ・アーレント 「戦争の世紀」を生きた政治哲学者』も想定外の売れ行きとなりました。もちろんマスコミの影響力もあるかもしれませんが、派手なところのまったくない映画と主人公が、アカデミズムの世界をこえて一般的な関心を集めているのは、人々が真面目にアーレントについて知りたい、学びたいと思っているからだと思います。講演会などでも、幅広い年齢層の方々に出会います。日本社会の危機を感じる人たちが、彼女の思想から学ぼうとしているのです。

私がアーレントを研究しはじめたのは25年以上前のことです。当時は、邦訳書も絶版が多く、マイナーな思想家でした。彼女の書簡に出会ったのが、本格的に研究を始めるきっかけでした。その後の何度かのドイツ留学で、アーレント研究をつうじて、かけがえのない友人たちと資料に出会いました。彼女の著作も翻訳しましたが、長い時間と努力を必要としました。これほど話題になる日が来るとは思っていませんでしたが、責任を自覚しながら、教育と研究を続けたいと思っています。

(2014.07.25)