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なぜ外国語を学ぶのか?

文学部 英語英米文学科
大畑 甲太教授

私たちにとって外国語を学ぶこととは一体どんな意味を持つのでしょうか?皆さんの多くは中学・高校から英語を主要科目の一つとして学んできたと思いますが、その中で英語学習の目的や意味について真剣に考えたことのある方は意外と少ないのではないでしょうか?

もちろん、皆さんの多くの方も「英語は重要だから」とか「外国語はこれから必要だし」など漠然と思いを巡らせることはあったと思いますが、その理由や真義とはいったい何なのでしょうか?そこで、このエッセイではもう一歩踏み込んで、「何のために英語を学ぶのか」そして「英語学習の意義とは」について考えてみたいと思います。

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人と人をつなぐ架け橋

英語に限らず、外国語を学ぶということは、異言語・異文化を持つさまざまな人たちとつながりを持てる機会を飛躍的に増やしてくれます。ことに国際語としての英語を考えてみると、英語を母語とする人たちとのコミュニケーションはもちろんのこと、英語を外国語・第二言語として使用する人たちとの間のコミュニケーションは今後いっそう活発になっていくと考えられます。このことは単にお互い異なる言語を持つ人たちとの対話というだけでなく、さまざまな文化背景・価値観を持つ人たち、さまざまな場所でさまざまな分野に従事する人たちとつながる機会の広がりをも示しています。つまり、私たちが英語を学ぶということは、こうした人と人とのつながりの機会を自ら作り出していく行為に他ならないといえます。

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自分を見つめ直す鏡

たしかに、外国語を学ぶということは、「さまざまな人とのコミュニケーションの機会を与えてくれる」という意味で大変有意義ですし、私たちが社会で生きていくうえの有用性・利便性はとても高いと思われます。しかしながら、外国語で多くの人とコミュニケーションができるようになることと同時に、その過程において何を自分が学んでいくのかということも、大変熟考に値する価値のあることだと思われます。

その一つとして挙げられるのは、さまざまな文化背景を異にする人たちとの対話の中で、自分自身をより深く見つめ直すことができるということです。つまり、外国語およびその背景にある文化に触れることは、自国の文化・言語を新しい視点から見つめ直す機会でもあるわけです。たとえば、よく耳にする話ですが、日本で人に贈り物をするときなどに使う「つまらないものですが、どうぞ」といった表現をもし英語でそのまま言った場合、どんな反応が返ってくるでしょうか?私たちが日常何気なく当然のものと思っていることが、言語や文化が違うことでその解釈も変化するということを実際に体験することは、ひとつの新しい発見ですし、自分の文化、価値観、世界観を再認識できる好機だともいえます。こういった異言語・異文化という鏡に自分自身を映してみることを自己相対化といいますが、それを通して文化や価値観の多様性や広がりを学んでいくことは、外国語学習の大きな醍醐味の一つだと思います。

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自己成長の場

また、もし皆さんが留学・語学研修などの機会があるとすれば、ぜひこの自己相対化という鏡を最大限に活用していただけたらと思います。当然のことながら、新しい文化・言語環境に実際に身を置き学んでいくという経験はさまざまな不安・葛藤を伴うものですが、異文化に直接触れながらその言語を学んでいくことの意味はまさにその不安・葛藤の中で自己を深く見つめる過程にこそあると思われます。そしてさらに、これまでの自分と正面から向き合い「自分とはいったい何なのか?」「これからどうしていきたいのか?」という内なる問いかけの中で、第二言語学習者としてだけではなく、一人の人間としてどのように自分を成長させていくべきかを考える好機であるともいえます。

もちろん、英語の運用能力(十分な基礎文法・語彙知識など)を身につけることは大切ですが、それらの知識を有効に活かすためには、皆さん自身がなぜ英語を学びたいのか、何のために学ぶのかといった素朴な問いかけから始めなければならないと思います。そしてさらに、外国語を学ぶということは自分をより深く見つめる自己発見・成長の好機であるという認識のもと、そのメッセージを皆さんに伝えていければと思います。