Ferrisで学ぶ

「すきとおったほんとうの」ことば

文学部 日本語日本文学科
島村 輝教授

01

とびきり上等のことばと出あう

みなさんは宮澤賢治の童話や詩はお好きですか。専門の研究者になるずっと以前から、ぼくは賢治の書いたものが大好きでした。子どもの頃に親から話して聞かされた「注文の多い料理店」では、主人公の二人組が、すきっ腹を満たそうとレストランに入ったはずなのに、いつのまにか自分たちが食べられそうになっていることに気付く場面が印象深く、また中学生になって読んだ「銀河鉄道の夜」では銀河をめぐる旅の美しさと、現世に戻ってきたジョバンニの、孤独を乗り超えていく足取りが胸に迫りました。その他、どの童話を読んでも、詩を読んでも、賢治が書きのこしてくれたことばのかずかずは、いつもぼくの心を強く揺さぶります。

02

「ポラーノの広場」の青い空

そんな賢治のお話のなかで、とりわけ大好きな作品のひとつが「ポラーノの広場」です。この作品を読むと、いつもあんまり胸が切なくなるので、じつはそうたびたびは読み返さない、ぼくにとって、とっておきの作品です。

「ポラーノの広場」にはタイトルと本文の間に「前十七等官 レオーノキュースト誌 宮澤賢治訳述」という但書きのような前置きがあります。もちろんレオーノキューストという人物が実在したわけではなく、この前置き自体がこのお話全体の中である意味を持つように、賢治が作り出したことばの仕組みの中にあるものなのです。以前に下級役人をしていて、現在はその仕事を辞めている人が記した(「誌」とはことばを書物や心の中に留め置くこと)文章を、宮澤賢治が訳したもの、ということになっています。ではそのレオーノキューストとは、どんな人だったのでしょう。

そのころわたくしはモリーオ市の博物局に勤めて居りました。
十八等官でしたから役所のなかでもずうっと下の方でしたし、俸給もほんのわずかでしたが、受持ちが標本の採集や整理で、生れ付き、好きなことでしたから、わたくしは毎日ずいぶん愉快にはたらきました。殊にそのころ、モリーオ市では競馬場を植物園に拵え直すというので、その景色のいいまわりにアカシヤを植え込んだ広い地面が、切符売場や信号所の建物のついたままわたくしどもの役所のほうへまわって来たものですから、わたくしはすぐ宿直という名前で月賦で買った小さな蓄音器と二十枚ばかりのレコードをもってその番小屋にひとり住むことになりました。
(新潮文庫『ポラーノの広場』より)

引用しているととまらなくなってしまいそうです。どうかゆっくりと読み味わってみてください。この出だしの一節からだけでも、貧しいけれどもつつましく清廉で、自然と音楽を愛し、豊かな感受性を持った独身の勤め人の、どこか少し淋しく、しかし元気に生きている姿が浮かび上がってくるようです。一つ一つのことばが周到に選ばれて配置され、磨き抜かれたような透明な美しさを伝えてきます。それはこの出だしの部分だけでなく、作品全体、いや賢治が紡ぎだすことばすべてにわたっての特質でもあるのです。

03

賢治の憤怒と孤独

しかし賢治の世界の奥行きは、表面的なことばの美しさだけにはとどまりません。「ポラーノの広場」でも、レオーノキューストが出会う少年たちが置かれている苛酷な状態や、山猫博士デストゥパーゴに代表されるような大人たちの、お金や利権をめぐっての醜いありさまが、怒りを隠さずいきいきと描き出されています。そして物語の最後に、モリーオを去って大都会にいる現在のキューストのところに届く、産業組合を成功させたファゼーロたちからの手紙に記された歌を見る彼の心境もまた、読む者の想像力を誘います。研究は、時として冷静・客観的に作品を分析することが求められます。でも文学を読もうとする限り、こうしたとびきりのことばがもたらす感動を忘れたくないものです。