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「地域」からみる歴史の「世界」

国際交流学部 国際交流学科
大西 比呂志教授

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地域学

最近各地でさかんにいわれる地域学というのがあります。たとえば「あおもり学」「新潟ふるさと学」「とちぎ学」「茨城県民大学」「山梨学」「美濃学」「阪神学」「長崎学」など、東京では「東京湾学」や「渋谷学」「多摩学」などなど、インターネットで検索すればおびただしい数の「地域学」を眼にすることができます。自分の住む地域の歴史や文化、自然などを見つめ直し、地域の魅力や可能性を発掘しようとするもので、近年県や市町村などの行政、地元の大学等の高等教育機関、NPOなどの市民団体など、多様な主体が、それぞれの地域に即して独自の目的や方法を持って活動をしています。そしてもちろんこの横浜にも「横浜学を考える会」「横浜学連絡協議会」といった横浜学があります。さらに横浜市内のいくつかの大学でも横浜学や横浜論といった講座が開かれ、学生に横浜の魅力や問題点を考えさせる授業を行っています。このように地域学の1つとして横浜学がありますが、それはさまざまな主体による特色ある学習活動の総体であって、1つの体系的な「横浜学」があるわけではないといっていいでしょう。

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新しい歴史学

横浜学とはなにか、ということの前にどうしてこうした地域学がさかんに唱えられるようになったのかを、まずふれてみましょう。
そもそも地域学、地域研究Area Studyというのは、主に政治学の分野において第2次大戦後に現れた新しい研究を指します。戦後独立した新興諸国は、従来の西欧近代的な政治学を拒否し、東南アジアや中近東といった地域圏を設定してそこに共通する文化的特性を見直そうとするところから出発しました。一方、日本においても1945年の敗戦後にもたらされた民主主義の高揚によって、戦前の軍国主義国家への厳しい批判と反省が起こります。歴史学の分野ではかつての天皇を中心とした「皇国史観」や天下国家を争奪した「英雄の歴史」への批判が強まり、各時代分野の研究に新しい傾向が現れます。歴史学者鹿野政直氏によりますと、戦後歴史学は古代史において、国家の「神話性」を否定し、国家に従属するものではなく相対的に自立した「社会」を「発見」したといいます。同様に、王権が衰微し戦国の世となった中世史においては「支配者」に対する「民衆」を、江戸幕藩体制の近世史においては「中央」に対する「地方」を発見したといいます。このように軍国主義と天皇制の呪縛から解き放たれた戦後歴史学は、「国家」や「支配者」からその対象を「社会」「民衆」「地方」へと拡大、深化させ、それは時代分野を問わず歴史学のキーワードとなったのです。
そうした歴史学の動向は、戦後の実際の歴史=わたしたちが生きた同時代史としての現代史と密接に関わっています。すなわち1945年の敗戦と続く占領の時代の改革や民主化運動は、歴史学に「人民闘争史」「社会構成体論」「民衆史」「地方史」といった新しい歴史の見方を生み出し、多くの業績を残してきました。

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地域史の登場

さらに1960年代から70年代にかけての高度経済成長期には、増大する都市の新住民層に支持を得て、1963年の飛鳥田一雄横浜市長の誕生をはじめ各都市で革新首長が誕生します。このような民主主義と地方分権という時代の傾向は、地域から歴史を見直すという気運をもたらします。つまり「中央」に対する「地方」ではなく、自立した主体的な存在としての「地域」史です。
この時期の「地域史」を特徴づけるのは、その担い手に市民が登場してきたことです。60年代以降の高度経済成長の繁栄を享受している中で、戦争の記憶が遠のき戦争体験の風化が進みます。その一方で日米安保体制の強化や靖国神社の国家護持案など保守化傾向があらわになっていきます。そうした戦前への回帰傾向に対する危機感をテコに、「戦争」や「現代史」に対する関心が高まり、歴史研究者のみならず市民も参加して、各地で戦争を記録する運動が登場します。その典型的な活動が、東京、横浜、大阪、名古屋ほか各地で結成された「空襲と戦災を記録する会」です。それらの会は、学習活動を基礎に体験者の聞き取り調査、手記や体験記、遺品といった個人の史料、当時の軍や警察などの公文書を広く収集し保存する運動を展開しました。一定の価値観やイデオロギーによるマクロな戦争と歴史観に対し、市民自らによるミクロな身近かな事実の発掘を通じて、地域に即した戦争観が創出されていったのです。近年さかんに唱えられる地域学は、以上のような戦後歴史学と市民活動の展開の上に立っているといえるでしょう。

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フェリスの横浜

ではフェリスの横浜学の特色はどんな点にあるのでしょうか。フェリス女学院はアメリカのオランダ改革派教会から派遣されたメアリー・キダー女史が、1870年(明治3年)、ヘボン式ローマ字綴りで有名なヘボン博士の診療所で、日本人女子に教育を始めたのに始まります。ミッション系の日本初の女学校です。以来、関東大震災や第二次大戦による大きな被害、戦時下の圧迫などを乗り越えつつ、130年以上にわたって存続してきました。フェリス女学院大学に横浜学の講座があるのは、横浜の近代史と深い関わりがあるからですが、それだけではありません。

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このHPの「横浜学へのいざない」で高村直助本学名誉教授は、「国際港都として発展してきた横浜の歴史には、国際交流を考える素材がいっぱい詰まっているから」とその理由を述べています。横浜は日本の国際交流の歴史を考えるのに最適の地域であり、国際性を身につけようとする若い女性の教育に横浜学は有益であるからです。
これを私の言い方をすれば、Think Locally, Act Globallyです。これは、環境学のある先生がゼミ募集の要領に書いていたThink Globally ,Act Locallyという言葉ををひっくり返したものです。
考えてみると、国際交流という行動は世界と個人の間の双方向の関わりからなるものです。私たちは日常の惰性に流されずに、理念や理想をもって行動しなければならないのはもちろんですが、しかしあまりに観念的に、そしていきなり世界へと飛躍するのも考え物です。その前にまず自らの足元を見据えて、そのなかから現実のリアリティーを学び、世界へと働きかけることが必要です。Think Locally, Act Globally これを私はこう訳します。「足元をみつめ、世界に羽ばたこう」。これこそフェリスの国際交流学部の「横浜学」にふさわしいフレーズではないでしょうか。

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あるユダヤ人家族と横浜

私が考える横浜学の素材として、最後に一つの事例を紹介しましょう。
数年前、カナダのトロント大学で先生をしているゴットフリート・パーシェGottfried Paascheさんという方にお会いする機会がありました。ゴットフリートさんは、2000年に91歳で亡くなった母親マリアさんの回想記を持参していました。
ゴットフリートさんの母親、マリア・テレーゼMaria Thereseさんは、1909年にドイツのマグデブルクという町に生まれています。父親はクルト・フライヘル・フォン・ハンマーシュタイン・エクォルト Kurt Freiherr von Hammerstein-Equordというえらく長い名前を持つ高い家柄の出身で、当時ドイツ陸軍の総司令官で、後にヒトラー暗殺計画に関与することで も有名な将軍です。1933年、その娘マリアがベルリンで恋に落ちた相手が、ヨーン・パーシェJohn Paasheという東洋学を志すユダヤ系の青年でした。青年の父親は社会主義者で革命家でもあったということですから、これだけでも十分破格のカップルでしたが、二人の運命を翻弄するのは、青年の祖父がユダヤ人であったことでした。その後ヒトラー政権下のドイツ、いや全ヨーロッパでユダヤ人を襲った悲劇、ホロコーストholocaustはあまりにも有名です。
こうして2人がドイツを離れることを決意したのは、ユダヤ人の市民権を剥奪し、ユダヤ人との結婚を禁止したニュルンベルグ法が公布された1935年の秋のことでした。そして2人はロンドンで久米国武という日本人家族に出会うことにより横浜へと向かいます。横浜に着いた2人は、久米さんの奥さんの父親である野村洋三に迎えられました。野村洋三は、横浜で、サムライ商会という貿易会社や横浜を代表するホテルニューグランドの経営者で、2人は久米家、野村家の別荘などにかくまわれながら、太平洋戦争が始まると湘南の茅ヶ崎海岸に移り住みます。この異国の地でナチのゲシュタポや日本の警察の監視、圧迫を受け、生活は困難でしたが、家族は、茅ヶ崎の町の人たちの親切をうけながら、なんとか戦争を乗り越えるのです。家族は、日本の敗戦後、1948年に新天地を求めてアメリカのサンフランシスコへと渡っていきます。
この話には、ほかに歴史上ゾルゲ事件で有名なリヒャルトゾルゲRichard Sorgeや駐日ドイツ大使オイゲン・オットEugen Ott、清里高原の開拓者で知られるポール・ラッシュPoul Rushなどのエピソードが出てきます。
私は横浜学の授業で何度かこの物語を取り上げました。それはこの物語に日本と世界に関わる重要な歴史の問題を地域から考える素材が「詰まっている」からで、また学生の反応にも手応えを感じたからです。
マリアとヨーンのドイツからロンドンそして横浜への旅は、1930年代から40年代のドイツとユダヤ人、ドイツと日本、日本とユダヤ人という複雑な国家と民族の関係に翻弄される人間の軌跡でした。そして横浜や茅ヶ崎という私たちにの身近な「地域」が、そうした世界史が交錯する舞台となっているのです。この物語は、私たち日本人にとって、戦争と平和や、国家と国民・民族といった大きなテーマを、身近な地域の歴史から学ぶ貴重な教材といえます。
地域と世界を双方向に考えること、これはこれからの国際交流を担う若い人たちにとってとくに大事なことといえます。国際化、グローバリゼーションといった 大きな流れの中で、国際交流は現在の私たちの重要な課題ですが、その出発点は、意外に身近な足元にあるのです。「地域学」「横浜学」というのは、そうした 国際交流の入り口を提供するものといえるでしょう。

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■参考文献■
鹿野政直『鳥島は入っているか 歴史意識の現在と歴史学』(岩波書店)
高村直助『都市横浜の半世紀震災復興から高度成長まで』(有隣新書)
横浜市『横浜市史Ⅱ』通史編3巻6冊、資料編8巻9冊、別巻1冊
横浜の空襲を記録する会『横浜の空襲と戦災』全6巻(横浜市)
『私の街から戦争が見えた』(川崎市中原平和学級)
大西比呂志『横浜市政史の研究 近代都市における政党と官僚』(有隣堂)
Maria Therese Paasche “Our Thanks to the Fuji-san“ interviewed by Sandra Marshall Finley

 

~TEA BREAK~
Who Is the Most Powerful Women in the World?

Who do you think is the most powerful woman in the world?
Well, an influential American business magazine called Forbes makes an annual list of the world’s “100 most powerful women.” Who did Forbes rate as most powerful in 2006?
Who else is on the list?
What does it take to be on the list, anyway? And what exactly is power?

Well, this year Forbes gave the top spot to Angela Merkel, Germany’s first female chancellor. Number two is the US Secretary of State, Condoleezza Rice. Number three is the Chinese Vice-President, Wu Yi. The rest of the Top 10 are business executives, led by the CEO of PepsiCo, Indra Nooyi, who was born and educated in India. The list includes just 53 Americans, indicating the growing power of women worldwide. And more than ever before, women are becoming heads of states, not just companies. However, there is only one Japanese woman on the list. She is Hayashi Fumiko, CEO of the supermarket chain, Daiei.

Forbes ranks power by using an index based on (1) visibility in the media, and (2) economic impact. Merkel has a very high profile as leader of one of the most important countries in Europe. The German economy also plays a huge role in the global economy. That’s what gave her the top spot. If you are interested in these issues, come to Ferris, where you can learn more about Germany and German politics.

But what about power? The philosopher Nietzsche once said that everybody wants power-that we all have a“will to power”. But calculating power by media visibility and economics is only way of thinking about power. There are many other ways. If you think about power differently, you might also include scientists and thinkers, actresses and artists, and other types of pioneering women on the list. You can learn more about power by studying sociology at Ferris.

Right now though, you just might like to think about who are the 100 most powerful women in Japan.

If you are interested in global women in power, you can view the Forbes list at:
http://www.forbes.com/lists/2006/11/06women_The-100-Most-Powerful-Women_Rank.html
To read more about Angela Merkel, go to:
http://www.forbes.com/2006/08/31/most-powerful-women_cz_em_06women_0831intro.html