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ヨーロッパ文明を理解したい

国際交流学部 国際交流学科
大野 英二郎教授

私はフランス文学から勉強を始めました。まず興味を持ったのは、1789年に起こった大革命の後から19世紀の前半にかけて活動をした作家でした。その作家、あるいはその時代をなぜ選んだかといえば、彼我の時代に政治的熱狂が醒めた後の索漠とした雰囲気が漂っていると考えて、そこに親近感を覚えたのです。しかしいかなる著作も決して単独で存在するものではありません。ひとつの作品を独立したものと考える立場もありますが、とりわけ作品を時代や社会との関係で捉えようとすると、そのような立場はあまり適切ではありません。ひとつの著作は、同じ作家のほかの著作と関係を有しているであろうし、また彼に先立つさまざまな人々の作品とも関係を有しているでしょう。さらには後代の作品とも関わりを持っています。そのため、ひとつの作品への興味は一人の作家全体への興味へとつながり、一人の作家への興味は、彼と同時代の作家たちへと、また後代の作家たちへと向かわざるをえませんでした。しかも19世紀初頭の作家の多くは、当初私が無邪気に想像していたのとは異なって、現実の政治にも関わり、思想的著作をも残し、実に多彩な活動をしていました。つまり一人の人間の考えを理解するには、その多面的な活動をも視野にいれなければなりませんでした。加えて文学は、政治や思想のみならず、芸術とも、科学とも、宗教とも、風俗習慣とも密接な関係を持ち、それらは相互に影響しあっています。そしてその影響関係は時代や地域を超え、はるかに広大な時空を覆っています。それゆえ私の興味はあれからそれへと、いわば芋づる式に、拡大の一途をたどらざるをえませんでした。

今の私の関心は何か、私の興味の対象は何かを説明することは容易ではありません。19世紀初頭のヨーロッパの文化を中心に観察していることは間違いありませんが、むしろそこからヨーロッパ文明とは何かといった問題を考えようとしているのだとも思われます。畑で大根をスポンと引き抜くように結果が出ると期待していたものが、あれもこれも地下茎でつながっていて、力を込めて引っ張ると地面全体が持ち上がってきてしまったというのが、正直な印象です。すべての文化的あるいは社会的事象が関係しあい複雑に絡み合っていることは事実でしょうが、すべてを論じ、すべてを理解することなどはもちろん不可能なので、地下茎のネットワークを意識しつつ、何らかのまとまりでこれを整理することが必要でしょう。これが教師としてのアドバイスであり、現実的な対処法です。しかしそのような「賢明さ」を打ちやって、後先を考えずに、広大なネットワークの中に、深くほの暗い森の中に迷い込んでいくところに、えもいえぬ快楽があることを告白しないではいられません。

ヨーロッパ文明について記した書物は無数にありますが、「賢明さ」を失わずに、しかし十分な快楽を体験させてくれるものとしては、ケネス・クラークの『芸術と文明』、法政大学出版局などがあります。一度手にとって見ることをお勧めします。