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終身雇用制の復活は可能か

国際交流学部 国際交流学科
齊藤 直教授

フェリス女学院大学には社会科学系の学部はありません。そのため、経済全般の動向に強い関心を持つ学生は必ずしも多くないのですが、経済のなかでも雇用問 題についてなら関心があるという学生は相当の割合に達するのではないかと思います。卒業後の進路を模索する(より端的にいえば、就職活動をする)ときに、 労働市場の動向を考慮しないわけにはいかなくなりますので、これは当然のことかもしれません。

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近年、わが国の雇用は惨憺たる状況にあります。2010年11月17日に大学4年生の就職内定率が57.6%であると報じられたことは記憶に新しいところです。この数字は、前年の同時期を約5ポイント下回る過去最低の水準で、新卒者が直面する厳しい現状を残酷なまでに示しているといえます。それに加え、就職することができたとしても、「入社3年目までに大卒者の3割以上が退社する」と言われるように離職率も高く、また、仮に長期勤続したとしても待遇が向上していくという期待は抱きづらくなっています。

こうした現状は、かつての日本企業における雇用のあり方と比較したとき、さらに際立ちます。戦後の日本企業(とくに大企業)でみられた、「日本的経営」とも称される経営のあり方のもとでは、(1)新規学卒者の一括採用を中心とした労働市場、(2)長期的な雇用を維持しようとする労使双方の姿勢(「終身雇用制」と表現されることも多い)、(3)年功的な要素を含む賃金や昇進の決定、(4)協調的な労使関係、(5)現場での訓練(OJT:On-the-Job Training)を中心とした人的資本形成、(6)従業員のなかから経営者を選抜・・・、といった特徴が見られました。これらが完全に消え去りつつあるとまでは言えませんが、相当程度に消え去りつつあるということはできるのではないでしょうか。

以上のような、日本企業の雇用における過去と現状を踏まえたとき、「終身雇用制が復活すればいいのに」という願望を大学生が持つようになるのは自然なことなのかもしれません。では、終身雇用制の復活は可能なのでしょうか。もちろん、将来のことを予想するわけですから、100%確実な答えなど導き出すことはできません。現実においては、何が起こっても驚くべきではないと考えるべきかもしれません。しかし、それでも、終身雇用制が復活することはありえないと考えるのが妥当ではないかと思います。

終身雇用制は、それのみで存在していた仕組みではありません。労働市場の流動性が低かった(転職が極めて難しかった、ということ)からこそ、労働者はいったん入社した会社にとどまり続けるわけですし、そうしたなかで労働者にモチベーションを持って働いてもらうためには、若いころは賃金が低くとも、徐々に賃金が上昇するという仕組みが備わっていることが必要になります。また、同じ会社で働き続けるわけですから、労働者と経営者は「その会社の長期的な発展」という共通の利害を持つことになり、労使協調が成立しやすくなります。さらに、労働者のほとんどが同じ会社で長期間働くことを前提とすれば、経営側としても、将来を見据えて社内での研修を積極的に実施することには大きな意味がありました。この点については、1950~60年代ごろの日本には、技術水準がいまだに世界最先端とはいえない分野が多かったことも重要です。日本企業は自ら最先端の技術開発を行わなくとも、アメリカなどから技術導入を行い、それに工夫を施すことで生産性を高めることができましたから、最先端の技術開発を実現する科学的な能力よりも、組織の中で協調性をもって働くことができる人材を育成することに合理性があったからです。そして、日本企業では、以上のような雇用のあり方に対応して、非常に長い時間をかけて(たいていは多くの部門をローテーションしながら昇進することで)優秀な人材が選抜され、経営者の地位に就きました。その結果、日本企業の経営者は、独断的で迅速なリーダーシップを発揮できる人物というよりも、部門間の調整を粘り強く行い、じっくりとコンセンサスを形成する、いわば調整型のリーダーが多くを占めることになりました。こうしたリーダーが、労使協調を実現していきました。

以上のような点を踏まえると、上記の(1)~(6)の要素は、それぞれが相性のよい仕組みであったと考えることができるわけです(こうした、個々の仕組みの間の相性がよいことを、専門的な用語で「相互補完的」といいます)。また、1980年代までの日本経済は、成長のスピードには時期によって差がありましたが、全体的に見れば順調に拡大する「右肩上がり」の経済でした。ゆえに、人生設計を行いやすい終身雇用制は、経済環境にも合致していたということができるかもしれません。

しかし、戦後の経済発展の過程を経て、日本経済は「成熟した経済」と表現してもよい段階に到達しました。また、日本以外のアジア諸国が台頭し、数十年前では考えられなかったことですが、日本経済の競争相手となっています。加えて、IT化の進展や国際競争の激化は、経営判断のスピードを決定的に重要なものにしました。いまや企業経営においては、既存分野での順調な拡大よりも、必要に応じて迅速かつ柔軟に経営資源を再配分することの方がよほど重要だといえます。厳しい経営環境のなかで破綻する会社も増えました。あるいは、経営破綻しないまでも、合併・買収(M&A)などが盛んに行われることで、新しい価値を生み出すことができる企業組織の模索が進められています。また、最先端を切り拓くような技術開発を担える人材や、価値を生み出す新たな方法を創造することのできる人材が重宝される一方で、単純な業務については、人件費の安い発展途上国への移転や、正規従業員から非正規従業員への置き換えが進みました。そうしたなかで、年功的な賃金形態は改められ、労働市場は流動的になりました。労働者に対する訓練のあり方や、経営者に求められる素養も大きく変化しました。

いわば、終身雇用制を側面から支えていた要素のほとんどが失われたと言うことができます。そうした変化のなかで、ひとり終身雇用制だけが復活することは、どう考えてもあり得ないのではないでしょうか。

とはいえ、これを残念なことだと嘆くだけでは明るい将来は見えないでしょう。いまや社会の仕組みが変わったのですから、新しいキャリアのあり方を自ら模索しなければなりません。ただし、そこに唯一の正しい答えがあると考えるのは妥当ではないでしょう。むしろ、望ましいキャリアのあり方は、自分自身の価値観を出発点として、自力で見つけ出していくものだと思います。そして、経済や経営について学ぶことは、まさにそうした身近な課題に取り組むための大きな力になるのではないかと思います。

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■参考文献■
ジェームス・C・アベグレン(山岡洋一訳)『新・日本の経営』日本経済新聞社、2004年
ジョージ・C・オルコット(平尾光司・宮本光晴・山内麻理訳)『外資が変える日本的経営』日本経済新聞出版社、2010年
小池和男『日本の雇用システム』東洋経済新報社、1994年
渡邉正裕『35歳までに読むキャリアの教科書』ちくま新書、2010年