Ferrisで学ぶ

多様な家族像と個人の生き方

国際交流学部 国際交流学科
金 香男教授

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家族を知ることは、常識を問うこと

家族については、誰もが自分なりの家族像や家族観をもち、また理想を描き語ることができます。しかし、その身近さ、「当たり前」さが、逆に「家族」に対する意識や態度を固定的で融通のきかないものにしている面もあります。「家族」をめぐる歴史と多様な文化を知ることは、いままでの「常識」を覆すことにもなります。家族がさまざまな文化的要因に規定され、しかもはなはだ変化に満ちた歴史をたどってきたこと、夫婦や親子の親密さや愛情といったものが、必ずしも普遍的に存在していたのではなく、近代に至る社会経済的な変動のなかで生まれたものであることを家族史研究は明らかにしました。

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家族という集団は私たちにとってあまりに身近で日常的であるがゆえに、常識的な見方や道徳論に陥りやすく、客観的にとらえることを困難にします。にもかかわらず、私たちは周囲の人間関係や状況から生じる問題とあつれきの原因を、安易に家族におきがちです。近年この傾向は、ますます著しくなっていますが、そうであるならば、なおさら私たちは家族について冷静に、客観的に学ぶ必要があります。現代社会においては、個人はさまざまなライフスタイルの選択が可能であり、家族はこのライフスタイルの選択肢のひとつでもあります。

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家族を問うことは、自分自身と向き合うこと

「家族とは何か?」と問うことは、自分自身の生き方や価値観を問い直すことでもあります。個人がどのような社会に、どのように位置づけられているか、個人の生き方にはどのような作用が働いているのかを理解しなければ、いまや、家族についても十分理解できない時代となりました。個人にとって「人生の理想像」が一人ひとり異なるように、万人に共通する「理想的な家族像」などありえません。一人ひとりがそれぞれに「幸せなかたち」を模索しながら人生を送るのと同じく、家族もまた、「家族」メンバーのそれぞれが試行錯誤しながら「自分たちなりの家族像」をつむぎ出していくしかないのです。

どういう家族が好ましいか、どういう家族をめざすべきか、答えは、いま生きている個人の「選択と判断」にゆだねられています。もちろん、家族研究者にも「理想的な家族像は何か」の答えなど出せません。ただ、研究者ができることは、歴史的に、あるいは社会的・文化的に家族を相対化してみせることです。その意味で、研究者には「事実」を記述する客観的な態度が求められており、また記述にあたって特定の価値観にとらわれない「中立性」が強調されてきました。

今後、家族の形成と維持に関わる議論は「自立した個人」を前提としてなされるでしょう。自分がどのように生きたいのか、どのような人生の選択肢を選ぶのかが、家族のあり方を左右することになります。そしてそのことをめぐって、個人の決定と責任、それをバックアップする社会の責任が、ますます問われるようになります。一人ひとりが人生の主人公として、個人の人生と家族をさまざまな角度から見直し理解を深めることは、未来につながるヒントを与えてくれるでしょう。つまり、自分の立っている位置をきちんと見つめなければ、自分の生き方を選び取ることも、家族生活を営むことも、社会と切り結ぶこともできないのです。

誰もが尊厳をもって生きることは、20世紀を通じて獲得した価値であります。少なくとも成人期以降、どのように自分の人生を設計するかということが、誰に も可能になり、また求められるようになりました。個人がいつ、どのような「選択」をするかは、実は社会と時代によって大きく異なります。人は、自らの理想 とする人生設計をどうように決めていくかについて、多様なモデルから自己決定を迫られるようになりました。

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結婚するかどうか、誰をパートナーとして暮らすのか、また仕事と家族生活と趣味などの個人的な時間を、生涯にわたってどのように組み合わせるかというテー マは、女性にとっても男性にとっても、今後ますます大事なテーマになっていくはずです。そして「家族」は、そうした個人の「選択」に対応して、多様な姿を 示すことになります。


■参考文献■
石川実編『現代家族の社会学』有斐閣、1997年
岩上真珠『ライフコースとジェンダーで読む家族』有斐閣、2003年
槇石多希子他編『変化する社会と家族』建帛社、1998年