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文化交流論:「西洋による日本文化の発見」

国際交流学部 国際交流学科
大野 英二郎教授

文化交流ってなんだろうね。

よくあるのは、市や町が主催する盆踊りなんかで、外国人にユカタを着せて、一緒に踊って、オーワンダフル、文化交流しましただとか、折り紙でツルやら何かを外国人と一緒に作って、日本文化を伝えました、とかいうことなんだろうけど。それって文化交流の一つかも知れないけれど、ユカタなんか、子供の頃に着たことがあったかさえ、あやしいし、折り紙なんか、正直のところ折り方をわすれちゃったよね。だからそれが今の日本の文化だといわれても、困るんだよね。日本のアニメなんかは、クールジャパンとかいって、外国で評判らしいけれど、それが日本の代表だといわれても、やっぱり、ちょっと、だよね。アニメにもいろいろあるんだし。

でも、外国からの情報やモノは、もうしょっちゅうわれわれの身の回りにあるんだよね。ファッションも、グルメも、映画も、みんな外国のものナシにしては成り立たないよね。パリコレや、イタメシや、ハリウッドがなかったら、ずいぶん生活はつまらなくなるだろうね。文化は、国境を越えて伝わるものなんだよね。だけど、そこから見えているフランスや、イタリアや、アメリカってなんだろう。ひょっとすると、それはわれわれにとってのユカタや折り紙やアニメが示すニッポンのようなものかも知れないよね。そういえばイタメシなんかは、もうずいぶんジャパンナイズされているよね。ナットータラコスパゲッティなんて、どう考えても日本料理だよね。ニッポンのスシがアメリカに行って、カリフォルニアロールに変身するようなものかもね。でも、アメリカ人にとってはそれがジャパニーズ・スシなんだろうね。それが間違っているとか、直さなければいけないとか、イタケダカになる必要はないのかもしれないけれど、われわれの姿が外国人に伝わる時には、どうして現実とはかけ離れていて、そして、外国の姿がわれわれに伝わる時には、どうして、おそらく、現実とは違っているか、そんなことを考えてみたいよね。

Japan Expo HPより

Japan Expo HPより

本当の姿っていうものがあるのかは、よくわからないけれど、自分たちが理解していると思っている外国の姿を、そして外国が理解していると思っているニッポンの姿を、すこしブンセキしてみると、日本と外国がおかれている状況が見えてきて、ひょっとするとできるだけ誤りのない姿を伝えたり、知ったりする方法がわかって、なんやかやでカッとなっているアタマが少しは冷静になるかもしれないね。