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歴史を考えること:スペインの場合

国際交流学部 国際交流学科
中塚 次郎教授

それぞれの人に人生という歴史があり、地球に誕生以来の歴史があるように、どのようなものにも歴史がある。そして、地球の過去を調べて未来に備えるように――たとえば、環境問題を想起すればよい――、歴史を振り返ることは、人間にとって重要な知的営みである。しかも、その営みはかぎりなく、おもしろい。スペインを考えてみよう。スペインといえば、フラメンコ、闘牛、サッカーを思い浮かべる人が多いにちがいないが、これらにも歴史がある。物悲しい調べと、それと対照的な情熱的踊りで構成されるフラメンコは、どこに起源があり、いかに変化してきたか。よく言われるように、「流浪の民」の迫害された歴史、いわゆる「ジプシー」の歴史を映し出しているのであろうか。歴史を知るだけで、フラメンコを楽しむにも奥行きが出てくる。ましてや自分で踊る場合、踊り方も香りたかいものとなるだろう――フェリス女学院大学には、フラメンコ部がある――。

スペインを代表する踊り手、 マリア・ホセ・フランコ

スペインを代表する踊り手、マリア・ホセ・フランコ

闘牛も然り。スペインの「国民的祭り」とか「国技」といわれるが、動物愛護の観点から、その廃止を求める声が、諸外国のみならずスペインでも高まっている。しかし、歴史の重みを知ると、そう簡単に結論を出せないことに気づく。なにごとも、簡単に答えを出すことは、無知のなせる業である。闘牛は、概略、次のような歴史をもっている。闘牛の起源はふたつ。ひとつは、王侯貴族が、外交使節の歓待や結婚式など祝い事の際に主催したもの。馬上の貴族たちが槍を持って牛と戦い、騎士としての技量を披露して、人々を楽しませた。もうひとつは農村の祭りであり、勇気ある若者が牛を広場に追い込み、牛を棒でつついて挑発して戯れ、それをみんなが見て楽しむ、というもの。19世紀にふたつが合体して様式が整えられ、大都市で興行として成り立つようになった。人気ある祭りとなり、ファン・クラブができ、専門誌も発行されるようになると、有名な闘牛士には高収入が保証された。教育も家柄もない民衆にとって、闘牛士になることは、お金を稼ぐ近道となった。貴族起源であれ、民衆起源であれ、闘牛は古くから広場で観衆の面前で行なわれたが、なぜ、人は闘牛に興奮するのか。それを解釈するのは、もはや歴史学ではなく、文化人類学の領分である。そこでは、闘牛は、牛に象徴される「自然」「野蛮」と、人間が体現する「文化」「文明」の対決と理解される。だからこそ、闘牛場は村や町と畑や林野の境界線、つまり町はずれに設置されることになる。こうした歴史や意味をもつ闘牛は、さて、廃止すべきかどうか。答えるのは、歴史をもっと深く調べ、実際に体験してからにしよう。かくいう筆者も、切符を買うのに並び、闘牛場に入り、ワイン片手に見ることで、闘牛観が変わった。

サラゴーサ市最大の祭り<ピラールの聖母祭>での闘牛、筆者撮影

サラゴーサ市最大の祭り<ピラールの聖母祭>での闘牛、筆者撮影

三題噺(さんだいばなし)の最後、サッカー。サッカーは、よく知られているように、イギリスでのボールを使った農村の祭りが起源である。それが19世紀に、規則を整えてスポーツとなった。近代になって成立したという点で、その歴史は闘牛の歴史と相似形をなす。それがなぜなのかを追究することは、興味尽きない問題であるが、ここはスペイン・サッカーの話に戻ろう。スペイン・サッカーの歴史は、イギリスから伝わるところから始まる。どこで?南部アンダルシーア地方、大西洋に面した港町ウェルバ。なぜ?多数のイギリスの船員や商人や技術者が住んでいたから。いつ?19世紀なかば。ウェルバを流れるリオ・ティント川の上流に銅鉱山があり、ロスチャイルド財閥が買取り、大規模な開発を始めた。こうして、リオ・ティント鉱山はヨーロッパ最大の銅山のひとつとなった。実は、リオ・ティントとは「色の染まった川」を意味し、ローマ帝国時代に開始された銅開発で、川は汚染しきっていたのである。サッカーの歴史は、ここで公害の歴史と結びつく。現在、英国リオ・ティント社は、ダイヤモンド・チタン・石炭ほか、あらゆる鉱物資源を扱う世界的な多国籍企業となっている。ともあれ、イギリス人のいるところ、サッカーあり、である。一時低迷していたレクレアティボ・ウェルバは、現在、リーガ・エスパニョーラ1部に復帰している。このウェルバとともに歴史の古いスペイン北部のクラブ、アスレティック・ビルバオも、イギリスによる鉄鉱山開発とからんでいる。「アスレティック」という英語名で名乗っているところに、その歴史を垣間見ることができる。アルゼンチンのサッカーが、ブエノス・アイレスで生まれたのも、イギリス人の存在があったからである。こうして、サッカーの歴史は「七つの海」を支配する大英帝国の歴史とも結びつく。歴史は、どこまでもおもしろく、奥が深い。

セビーリャのチームが育てたフォワード、ホアキン(現在はバレンシア)

セビーリャのチーム<ベティス>が育てたフォワード、ホアキン(現在はバレンシア)

~TEA BREAK~
ワールドカップこぼれ話

2006年のサッカー・ワールドカップは、ジダン選手の退場で幕を閉じましたが、開催国としてドイツは、観光客たちからなかなかの好評だったようです。
開催時期には街中がサッカー一色になったようでした。そのドイツで、「サッカー中継のない」レストランが注目を集めました。「サッカーがない」は、ドイツ語ではFusballfrei(フースバルフライ)というのですが、フースバルがサッカーのことで(Fusが足でballがボールです)、frei(フライと読みます)は英語でいうフリー(free)、「~がない」という意味で使われます。バリアフリーとかというのと同じ使い方です。ノンアルコールはalkoholfrei、カフェインレスは、Kaffeinfreiです。ところで、この「~がない」という言葉は、使い方によっては何かを排除するような言葉にもなりかねません。「サッカー中継のない」は、「サッカーお断り」というふうにも解釈できます。国をあげてのサッカー騒ぎのなかでサッカーのない店があるのは、好ましいことだとは思いますが(皆が同じものに熱中する必要はありませんから)、これがたとえば日本の温泉などで話題になった「外国人お断り」というようなフリーの使い方になってしまうとしたら、困ったことです。