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ファッションから考える文化交流

国際交流学部 国際交流学科
朝倉 三枝准教授

ファッションから考える文化交流

日本人が、西洋式の衣服、いわゆる洋服を着るようになったのは、明治時代のことでした。文明開化の名のもと、日本人は必死で慣れない洋服を身にまとい、欧米の先進諸国に追いつき、追い越すことを目指します。そして、軍人や役人の制服にはじまり、紳士淑女の燕尾服やドレス、さらに男性の通勤着に女性のおしゃれ着と、徐々に洋服は日本の社会に浸透していきました。

このような洋装化の歴史を持つからか、多くの人が明治以降、日本は西洋のファッションの影響を受け続けてきたと考えています。ですが、日本で洋装化が推し進められていたのと同じ頃、逆に日本の着物も西洋のファッションに少なからぬ影響を与えていました。すなわち、19世紀中ごろから日本の開国や万国博覧会の開催をきっかけに、日本の美術工芸品を愛好するジャポニスムという動きがヨーロッパに現れ、その関心のなかで着物が注目を集めたのです。

「ファッションの都」と称されるパリでも、19世紀末頃から着物を室内着として羽織ったり、着物地でドレスを仕立てたりすることが流行します。さらに20世紀に入ると、着物を着た時のシルエットを再現した和洋折衷のドレスが現れ、1910年代から20年代には、畳めば一枚の布に還元される着物に学んだデザイナーたちが、コルセットを使わない、平面的かつ直線的なシルエットのドレスを手がけ、この時代のモードを特徴づけました。西洋の伝統からは外れる日本の着物に出会い、それを取り入れることで、19世紀末にはコルセットの極端な締め付けである種の限界に達していた西洋の女性服は、新しい現代服の時代へと歩みを進めたともいえるでしょう。

19世紀末から20世紀初頭にみられた日仏間のファッションの影響関係は、文化交流というものが、どちらか一方の文化がもう一方の文化に一方的に影響を与えることではなく、このように互いに影響を与え合いながら、それぞれの良いところを学び、新しい時代にふさわしいものや考え方を生み出していく動きであるということを私たちに教えてくれます。

『レ・モード』誌1910年5月号
着物風シルエットのコート。見返り美人のように振り返るポーズも日本の影響といわれる。

(2019年2月13日)