2024年度入学式 学長式辞

みなさん、入学おめでとうございます。フェリス女学院大学にようこそいらっしゃいました。

かくいう私も、今日からフェリス女学院大学の一員となりました。
本日からフェリス女学院大学学長として、みなさんが豊かな大学生活を送れるよう、教職員とともに努力して参ります。

キリスト教の礼拝形式の入学式に出るのは初めての方が多いと思います。経験のある方はどのくらいいらっしゃいますか?
キリスト教はフェリスの大切な伝統ですので、馴染んで、親しみを育ててください。西洋の伝統の核心にあったものが少しわかってくるかもしれません。

今日読んでいただいた聖書の箇所(ルカによる福音書 10章38~42節)は、ルカによる福音書の中にあります。
イエスがマルタとマリアの家を訪ねたとき、お姉さんのマルタは飲み物や食事の用意で、忙しくしていました。
妹のマリアは、イエスについてきた男たちといっしょに座って、イエスの話に耳を傾けています。
マルタは、手伝わないマリアにいらっと来て、イエスに訴えました。「手伝うように妹に言ってください。」
イエスの答え。「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ、それをとりあげてはならない」。

これを読んで私がすぐ思い出すのは、アメリカのルース・ローゼンという歴史家が、1960年代に大学生だったときの経験を書いた本です。
当時は今と違って、ヴェトナム戦争反対、人種差別反対、大学教育批判などで学生運動が大いに盛り上がっていました。それは世界的な動きで、アメリカの大学生はその中心にいました。輝いていたのです。
私は、この世代より10数年遅れて大学に入って、すでに運動が過ぎ去った大学を残念に思ったことを覚えています。
その学生運動には、男子も女子も参加していました。男子学生は日々円陣を組んで、運動の戦略などについて議論をしました。
みなさん、女子学生は何をしていたと思います?ローゼンによれば、コーヒーを入れ、スープを作っていたのです。
男子学生はそれを当たり前としていました。女性たちを円陣に入れ、意見を聞くことはなかったのです。男子学生は、人種差別には敏感でも、ジェンダーによる差別には全く鈍感でした。やがて女子学生は学生運動を離れ、フェミニスト運動に参加していきました。

この文脈でルカによる福音書のこの箇所を読みますと、女たちが、コーヒーやスープを男たちに出すことをやめて、男の輪の中に入り、「この世で必要なただ一つのこと」に集中することをイエスは肯定していらっしゃる。少なくとも私はそう読みます。
そして、「この世で必要なただ一つのこと」とは何だろうと思いながらも、それを追究することを女性も許されている、と考えます。

ところが、この箇所の伝統的な解釈は、イエスは、せわしく動き回るマルタをたしなめて、マリアのような「静かな信仰生活」を送ることを勧めた、というものなのです。
マルタはうるさい女で、マリアは静かで従順な女という解釈です。これを知ったときは、ショックでした。
聖書解釈は長く男性に委ねられてきました。女性の経験を反映しない、そのゆがみを知ったような気がしました。

一つは、マリアがイエスの話に聞き入ることを、彼女の積極的な自己主張と受け取らず、「従順」と解釈していること。
もう一つは、マルタの働きをうるさい女の余計な世話と解釈していることに納得がいきません。
女性がしばしば担わざるをえない、食事やのみものの世話、もてなしに対する低評価は、看護やケアといった、女性がもっぱらになってきた、ピンクカラーの仕事への低評価、低価格につながります。

この場面で、イエスは「マルタ、マルタ」と二度呼びかけて、親愛の気持ちを表現しています。
そして、「あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している」とマルタの、女性の役目にとらわれた立場への理解を示しておられる。そう、飲み物や食事の出ない会合はつまらないものです。「もてなし」は、参加者の心とおなかを満たし、会合を楽しくするために必須なのです。そして、もてなしの役目を担うのは、ほとんどの場合女性です。イエスは、そういう役割の重要性を認めた上で、女性が「この世で必要なだだ一つのこと」を選び取ったときは、それを取り上げてはいけない、とおっしゃっています。

ある場所、ある時に「この世で必要なただ一つのこと」を見つけ出すのは、それほど簡単ではありません。
でも、イエスの言葉に勇気づけられて、社会の女性への要請にとらわれずに、私達がそれぞれ、それを見つけ出し、選び取ることができるように祈ります。
それは、もしかしたら、「家事」になる可能性もあります。
その可能性も含めて、「この世で必要なただ一つのこと」を私たちそれぞれがときどきに見つけ出す知恵と、その選択に邁進する力を、フェリス女学院大学での学びと生活を通じて養って参りましょう。

入学おめでとうございます。

2024年4月1日
フェリス女学院大学
学長 小檜山ルイ

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